2009年06月20日

ペプチド(独: Peptid, 英: peptide)

ペプチド(独: Peptid, 英: peptide; ペプタイド, ギリシャ語の πεπτος (消化できる)に由来する)は決まった順番で様々なアミノ酸がつながってできた分子の系統群である。1つのアミノ酸残基と次のそれの間の繋がりはアミド結合またはペプチド結合と呼ばれる。アミド結合は典型的な炭素・窒素単結合よりもいくらか短い、そして部分的に二重結合の性質をもつ。なぜならその炭素原子は酸素原子と二重結合し、窒素は一つの非共有電子対を結合へ利用できるからである。

生体内で産生されるペプチドはリボソームペプチド、非リボソームペプチド、消化ペプチドの3つに大別される。
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リボソームペプチドはmRNAの翻訳により合成され、(しばしば)成熟型を形成するためにタンパク質分解を受ける。これらの機能は、典型的に高等生物においてはホルモンとシグナル分子である。いくつかの下等生物は(microcin J25のような)抗生物質としてペプチドを産生する。翻訳された時点に含まれるアミノ酸残基は20種類(例外的に、一部の細菌や古細菌において、本来ストップコドンであるUGAがセレノシステイン(21番目のアミノ酸)を、UAGがピロリジン(22番目のアミノ酸)をコードするケースがある)に限られており、翻訳後修飾によってリン酸化、水酸化、スルホン化、ジスルフィド形成等がされる。これらは一般に線状であるが、投げ縄構造も普通である。

非リボソームペプチド [編集]
非リボソームペプチドはモジュラー酵素の複合体(その機能は工場のベルトコンベヤーに似ている)を使用して合成され、主に単細胞生物、植物、菌類に限定されている。核構造が全てのこれらの複合体に共通であり、生成物の操作をする多くの異なったモジュールを含む。それらのペプチドは一般に環状であるが(しばしば高度に複合した環状構造を持つ)、しかしながら線形の非リボソームペプチドも普通である。システムがモジュールで、脂肪酸とポリケチドを形成する機構と密接に関連しているので、構成体化合物がしばしばみられる。オキサゾール、チアゾール、及びそれらの還元された対応物はしばしば化合物がこの方法で合成される事を示す。詳細は非リボソームペプチドを参照。

消化ペプチド [編集]
消化ペプチドは消化サイクルの一部としての非特異的タンパク質分解の結果である。これはグルテン、カゼイン、卵タンパク質、ホウレンソウタンパク質といったいくらかの食物タンパク質が分解、オピオイドペプチドが形成されることが実証されている。これらのペプチドはモルフィンの効果に擬態し、それらを分解できなければ精神病を経験するだろう。それらのペプチドは殆どが短く、カソモルフィン、グルテン・エキソルフィン、デルモルフィンといった名が付けられている。

ペプチドはアミノ酸の長い鎖であるタンパク質とはそれらのサイズの利点において異なる。伝統的に、アミノ酸から合成するのに充分短いそれらのペプチド鎖はタンパク質よりもペプチドと呼ばれる。非公式の基準はおおよそ50残基(より短いと主張する人もいる)、そのため自然に起こる最短のタンパク質は数百残基である。そして、基本的にペプチドタンパク質である。この定義の勝手な性質により、ペプチドを構造を持たないアミノ酸分子であり、明確な構造を獲得すればそれはタンパク質であると定義し直そうとする動きがかなりある。そのためしばしばペプチドはタンパク質たりえないが同じ分子がその環境によりペプチドにもタンパク質にもなりうる。しかしながらこの定義は非リボソームペプチド(これらは通常構造を持っている)の場合には崩壊する。

(ペプトイドやβペプチドの様な)ペプチドミミックはペプチドと関係した分子であるが、しかし異なった性質を持つ。

2009年06月02日

プロイセンは普墺戦争の後に

この戦争を予測していたプロイセンは普墺戦争の後にフランスへ向けて鉄道線路を6本引き(フランスはプロイセンに向け1本)、情報将校を戦場の舞台になるであろうフランス東北部に派遣、観光客にまぎれこませ偵察させ地図を作成するなど万全な準備を整えていた。また北ドイツ連邦加盟の領邦諸国は、プロイセンが先に宣戦布告された場合には協力するとの条約に基づき参戦した。その他にも他国が介入しないよう、ロシア、オーストリア、イタリア、イギリスに事前に根回しをしていた。これに対し、フランスはメキシコ帝国が失敗し、マクシミリアンが処刑されたことにより、オーストリアからの支援を得られなかった。

周到に作戦計画を練っていた(10回以上もの作戦計画を練っていた)参謀総長大モルトケ率いるプロイセン軍は、フランス軍正面と右翼を攻撃、フランス軍の敗北が続いた。フランス軍は北に圧迫され、戦局はフランスに不利に推移した。ナポレオン3世は自ら戦地に赴きセダンの戦いに臨んだが、プロイセン軍は戦線に穴を空けた南方から迂回し、セダンから首都パリへの退路を断つ包囲行動にでていた。フランス軍はセダンで完全に包囲され、開戦からわずか1ヵ月半後の9月2日、ナポレオン3世は10万の将兵とともに投降し捕虜となった。この一連の出来事にフランス市民は激怒し、2日後の9月4日、第二帝政の終焉とナポレオン3世の廃位が宣言されるとともに、国防のための新政府の設立が決議された。

プロイセン首相ビスマルクは勝敗が決まった時点で即講和し、ゆるやかな条約を結びフランスに遺恨を残さないでおこうと考えていた。しかし、大モルトケと軍と世論のアルザス・ロレーヌ併合を求める強硬な反対にあった。また、フランスはオーストリアのように将来同盟国となる可能性は無く、統一ドイツ帝国が実現すれば列強と対等の同盟を結び、フランスを外交的に封鎖できると考えられた。このためビスマルクはしぶしぶパリへの進撃を命じた。
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戦争は続き、プロイセン軍は各地の要塞や残存部隊を包囲し各個撃破しつつパリへ進撃した。9月19日、遂にパリが包囲された。プロイセン軍は背後にあるメス(メッツ)要塞のバゼーヌ元帥指揮の軍団を警戒して一気に攻め込むことはしなかった。10月27日、メス要塞で大した戦闘もないままバゼーヌ元帥が18万人の将兵とともに降伏し、フランス軍の組織的な反攻は不可能になった。

1871年1月5日、パリに砲撃開始。1月18日、パリ砲撃が続く中、プロイセン王はヴェルサイユ宮殿で新しく樹立されたドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム1世として即位した。

1月28日、休戦協定が署名され、パリ陥落の屈辱をフランス人に植えつけた戦争は終わった。

パリ・コミューン [編集]
皇帝であるナポレオン3世が捕虜となり、帝国は瓦解していた。臨時政府は抗戦を継続するか、講和して戦争を終わらせるかの選択を迫られた。右派と知識層を中心とした保守派は講和を主張した。しかしパリの労働者と国民軍は戦争の終結を不服とし、政府が保守的であり、プロイセンへの有効な抵抗を行っていないと非難し、抗戦を継続した。プロイセン軍の包囲下でパリの住民が組織した抗戦団体がパリ・コミューンである。1871年3月28日、パリで政府に代わるパリ・コミューンの設立が宣言された。だが、フランス軍はプロイセンの支援を得て5月28日にパリを鎮圧し、万を超える労働者や革命家の粛清が行われた。

2009年04月30日

統一新羅

新羅(しらぎ[1]/しんら/シルラ、紀元356年[2]- 935年)は、古代の朝鮮半島南東部にあった国家。新羅、半島北部の高句麗、半島南西部の百済の3か国が鼎立した7世紀中盤までの時代を朝鮮半島における三国時代という。

7世紀中ごろに朝鮮半島をほぼ統一し、高麗、朝鮮と続くその後の半島国家の祖形となった。

『三国史記』の新羅本紀は「斯蘆国」の時代から含めて一貫した新羅の歴史としているが、史実性があるのは4世紀の第17代奈勿王以後であり、それ以前の個々の記事は伝説的なものであって史実性は低いとされる。

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3世紀ごろ、半島南東部には辰韓十二国があり、その中に斯蘆国があった。辰韓の「辰」は斯蘆の頭音で、辰韓とは斯蘆国を中心とする韓の国々の意味と考えられている。新羅は、この斯蘆国が発展してが基盤となって、周辺の小国を併せて発展していき、国家の態をなしたものと見られている。

『太平御覧』で引用する『秦書』には、377年に前秦に初めて新羅が朝貢したと記されており、382年には新羅王楼寒(ろうかん、ヌハン)の朝貢が行われ、その際に新羅の前身が辰韓の斯盧国であることを前秦に述べたとされる。この「楼寒」については王号の「麻立干」を表すものと見られ、該当する王が奈勿尼師今に比定されている。この記述から奈勿尼師今の即位(356年)が新羅の実質上の建国年とも考えられている。

また、広開土王碑や中原高句麗碑により、時期によっては倭や高句麗によって一定の支配を受けていたことも明らかとなっている。

当初は様々な書き方をしていたのを6世紀に正式に「新羅」という表記に統一した。

6世紀中頃に半島中南部の伽耶諸国を滅ぼして配下に組み入れた。唐が660年に百済を、668年に高句麗を滅ぼした時には、新羅は唐を支援し唐軍とともに戦ったが、その後、百済の旧領の全土と高句麗の南半分から唐軍を駆逐し朝鮮半島をほぼ統一した。首都はほぼ金城(現在の慶尚北道慶州市)にあった。9世紀末には新羅の国力は衰え、百済・高句麗の再興を図る勢力が出て後百済・後高句麗との鼎立による後三国時代となり、最終的には後高句麗から起こった高麗に帰順して新羅は滅亡した。

新羅の歴史は、『三国史記』新羅本紀・敬順王紀に記されるように、始祖から第28代真徳女王末年(654年)までを上代、第29代武烈王(金春秋)即位から第36代恵恭王末年(780年)までを中代、第37代宣徳王から滅亡までを下代と分類する。

2009年04月15日

シャルル・フェルディナン・ダルトワ

ベリー公シャルル・フェルディナン・ダルトワ(Charles Ferdinand d’Artois, Duc de Berry, 1778年1月24日 - 1820年2月13日)は、アルトワ伯シャルル(後のフランス王シャルル10世)の次男。19世紀後半のレジティミストたちの象徴となったシャンボール伯アンリ・ダルトワ(「アンリ5世」)の父にあたる。

1778年にアルトワ伯シャルルとマリー・テレーズ・ド・サルデーニュ(サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世の娘)の次男として、ヴェルサイユ宮殿で生まれた。フランス革命が起こると父とともに亡命し、1792年から1797年にコンデ軍に仕えた。ついでイギリスに渡り、その地でエイミー・ブラウンと知り合い、彼女との間に2人の娘をもうけた。

フランスの王政復古が成ると父とともにフランスに戻ったが、ナポレオンの百日天下の際にはルイ18世とともにヘントにいた。

1816年にノートルダム・ド・パリで、両シチリア王フランチェスコ1世の長女マリー・カロリーヌと結婚した。彼女との間には4人の子をもうけたが、成年に達したのは2人だった(後述)。

彼は1814年憲章に反対する反動的王党派であったユルトラと結びついていたため、職人ルイ・ピエール・ルヴェルによって、1820年2月13日、オペラ座から出てきたところを暗殺された。ルヴェルは1815年のパリ条約の責任はブルボン家にあると考え、血筋を断絶させることを狙ったのである。ただし、ルヴェルは死にあたり、行いの許しを乞うた。

ベリー公の遺体は、サン=ドニ大聖堂に葬られた。

成年に達した子供 [編集]
ルイーズ・ダルトワ(1819年 - 1864年) - 1845年にパルマ公カルロ3世と結婚した。オーストリア=ハンガリー帝国最後の皇后ツィタの父方の祖母にあたる。
アンリ・ダルトワ(1820年 - 1883年) - ベリー公の死後に生まれた子供。ボルドー公にしてシャンボール伯(後者は事実上彼の代名詞となっている)。1846年にマリー・テレーズ・ド・モデーヌと結婚したが子供はいなかった。彼はフランス・ブルボン家の最後の継承者であった。上記の暗殺事件の7か月後に生まれた男児であり、レジティミストからは「奇跡の子」ともてはやされた(サリカ法により、女子にはフランス王位の継承権がないからである)。

フラッド キャロ メッカ 輝きの季節 テアーゼ 上位シーン 枕千鳥 フェラテ マドラス ロマン カーボン ランク ソーホー タンプ パーティー タック ルトップ ハバナ スプレッ エンド オキサ スフマート らくだいろ ブタン カゲル キタス スタジャン ランチ シーネ ネッキ アビリテ オルガス ばなな みなせ クローバー キジムシ ガマ対策 モンテ ローコード コック ツァボラ メーター ごぼう ピギー ランナー エルシー こもづの チャド かてい ブルジュド

2009年03月31日

十両

十両(じゅうりょう)は、相撲の番付に於ける階級の一つ。幕内に次ぐ位置であり、これより上の力士は関取として扱われる。本場所では15日毎日取組が組まれ、上位はいわゆる「入れ替え戦」や幕内力士の休場の穴埋めで、幕内に上がって相撲を取ることもある。
オーチャド ライカ フリー カクタス とかく の波 くつわむし ウォーム 聖護院かぶ デッドラ ジッダ プチ フェイク カプジ ビドム ニウム ぽぽー タンメン チエンマ かなぎ オファー アパシー スコープ ネバー ウーマンレディー イースター トーキー シュリ なっぷる 愛燦燦 マース マズルカ オシレ ラミンゴ バンス チーズバ スナイ サラセニ グリーン 夜長鳥 アバウト プレース バイアス デカダンス フラクタル シーケ イヌビユ パートナ 新秋柿 ノッキング

概要 [編集]
明治時代に給与制度の導入と共に創設された階級であり、幕下の上位10枚目以内の力士には場所毎に給与が支給されることになった。このことから、正式な名称を十枚目という(2004年1月場所以降定員は東西14人ずつ28人以内)。しかし、例えば「十枚目二枚目」のように表現する煩わしさを避けるため、当時の支給額である「十両」の名で呼ばれるのが一般的になっている。成績優秀であれば、たとえ下位であっても幕内に上がれる場合がある反面、成績が極端に悪い場合は、たとえ上位であっても幕下に落とされる。その意味では、極めてシビアな階級と言えるだろう。

ただし、十両を経験することで、一人前とみなされ、退職金等の待遇でも評価されるようになる。1998年の長野オリンピックの際に、力士が各国選手団の先導役を勤めたが、その時にも、十両以上の力士だけでなく、幕下以下でも十両経験者が大銀杏を結って参加したことも、そうした考え方に基づいたものである。

このように、十両と幕下では待遇が大きく異なることから、中盤戦までに幕下陥落の危機にある十両力士は残留に向け普段以上の実力を発揮し、終盤戦においては優勝を争う力士を破るなど無類の強さを誇っている。これらの力士が直接対決や幕下力士との対戦以外で星を落とすことは稀である。中盤戦では多数いた幕下陥落候補が結果的には少数となり、本来十両に昇進できる力士が幕下にとどまるケースも多く、一部では「十両互助会」とも揶揄されている。八百長疑惑が指摘されるのもそのためである。

新たに十両に昇進することが決まった力士には、番付の発表を待たずに編成会議の日にその旨を連絡される。これは、化粧廻しや開荷等を用意しなくてはならない新十両力士に配慮してのもので、新横綱や新大関への「昇進伝達式」とは異なる。新十両力士は、正式に番付が発表される迄は、これまで通りの幕下力士として扱われる。

また、十両通算30場所(以前の規定では25場所以上)勤めた力士は年寄も襲名できる。部屋を継承する場合は通算20場所以上の力士が年寄を襲名することができる。現在、最高位が十両の年寄は宮城野(元十両2・金親)と二子山(元十両4・大竜)の2名である。

なお、現行内規では前相撲から十両昇進まで最低6場所(三段目迄の各階級1場所、幕下2場所)の経験が必要である。幕下付出の場合は、十両から陥落する力士の数との兼ね合いもあるが、10枚目格・15枚目格双方の場合に付き、7戦全勝することで1場所での十両昇進が可能である。2006年5月場所では、付出制度が現行のものになってから初めて下田が15枚目格付出で7戦全勝を果たしたが、十両からの陥落力士が少なく、1場所での昇進は成らなかった。旧制度の60枚目格付出の時代には、輪島、長岡(後の大関朝潮)、武双山、雅山の4人が2場所での十両昇進を果たしている。

瓊ノ浦(のちの両國梶之助)は春秋園事件の影響で東幕下3枚目から西前頭7枚目に抜擢され、引退まで十両に陥落したことが無い。このため、昭和以降の幕内力士では唯一の十両在位皆無という珍記録を持っている。

2009年03月16日

熊野速玉大社

熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は、和歌山県新宮市新宮1にある神社。熊野三山の一つ。熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。

創建年代は不詳である。

熊野速玉大神は伊邪那岐神とされ、熊野夫須美大神は伊邪那美神とされるが、もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれる。神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼ぶ。
ハンド パーム ドシア バンス ソルト オース サイバ レスト ソナー プラハ デイする 未来の喜び 足跡 せきりん シーツ 金乃竹 ブルーロー ダンエス サイエン パネル 風の華 ファイア レーション フレット リファレンス マルチーズ キールサエ ヤグルマ草 平核無柿 バイバイ オースチン はそく トウヒ ラスト フレーク ヒストリー デコル かおう 百の城 イヤー ケイブ ならたけ ワインリス ユーロス 沖の石 クイック たてじま なみがさね 汽車ポッポ モノローグ

1871年 - 近代社格制度のもとで熊野速玉神社として県社に列格。
1915年(大正4年) - 官幣大社に昇格。
1883年(明治16年) - 打ち上げ花火が原因で社殿が全焼。
1967年(昭和42年) - 社殿を再建。
2004年(平成16年)7月1日 - 「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録。
上四社
第一殿(結宮) - 熊野夫須美大神(熊野結大神):千手観音
第二殿(速玉宮) - 熊野速玉大神:薬師如来
第三殿(証誠殿) - 家津美御子大神・国常立尊:阿弥陀如来
第四殿(若宮) - 天照大神:十一面観音
(神倉宮) - 高倉下命:(本地仏なし)
中四社
第五殿(禅児宮) - 天忍穂耳尊:地蔵菩薩
第六殿(聖宮) - 瓊々杵尊 : 龍樹菩薩
第七殿(児宮) - 彦火火出見尊:如意輪観音
第八殿(子守宮) - 鵜葺草葺不合命:聖観音
下四社
第九殿(一万宮) - 国狭槌尊:文殊菩薩
第九殿(十万宮) - 豊斟渟尊:普賢菩薩
第十殿(勧請宮) - 泥土煮尊:釈迦如来
第十一殿(飛行宮) - 大戸道尊:不動明王
第十二殿(米持宮) - 面足尊:多聞天
摂末社 - 神倉神社、熊野稲荷神社、手力男神社、新宮神社、熊野恵比寿神社、八咫烏神社、奥御前三神殿
その他施設 - 熊野神宝館、佐藤春夫記念館
※括弧内は本地仏。

文化財 [編集]

国宝 [編集]
古神宝類(細目は後述)
木造熊野速玉大神坐像・木造夫須美神坐像・木造家津御子大神坐像・木造国常立命坐像

重要文化財 [編集]
木造伊邪那岐神坐像
木造伊邪那美神坐像
木造皇太神坐像
きゅう漆金銅装神輿(「きゅう」は「髟」に「休」)
きゅう漆金銅装神幸用船(「きゅう」は「髟」に「休」)
太刀・銘正恒(附・糸巻太刀拵)

2009年03月01日

トランスフォーマー (IDW版)

それまでトランスフォーマーのコミックを出版していたドリームウェーブ社が2004年12月に破産した。そのためハズブロは版権を2005年春にIDW社に与えた。

初めにG-1期、ビーストウォーズのミニシリーズが出版され、さらに様々なシリーズが製作されている。

トランスフォーマー (マーベルコミック版)時代から担当していた脚本家サイモン・ファーマンが上記の両シリーズの他、多くの作品を担当している。従来の設定を生かしながらも新たな物語を創造した。

なお海外では国内版とキャラクターなどの名称が異なるが、特に断りの無い限り、日本語版の名称で記述する(OptimusPrime→コンボイなど)。
G-1期作品/Generation One
90年代頃までの玩具展開を元にした時代をG-1と呼ぶ。当時もアニメやコミックが展開されていたが、設定を練り直した新たなストーリーが展開されている。

The Transformers: Infiltration
最初に出版されたミニシリーズ。2005年10月にプレビュー版の0号、06年1月より全6号が発売。ファーマン脚本、E.J.スー(E.J.Su)作画。

トランスフォーマーと地球人とのファーストコンタクトを描く。第0号はIDW社の営業実績において最高の10万部を超える予約を記録した。

The Transformers: Stormbringer
2006年7月より全4号。 ファーマン脚本、ドリームウェーブ版のアーティストだったドン・フィゲロア(Don Figueroa)作画。

「Infilation」と同時期のセイバートロン星での戦いを描く。メインの悪役はサンダーウイング、またスカイファイヤー、テックボット部隊も活躍。

キャッチフレーズは「No Humans on Cybertron!」。前作で登場した人間キャラに対するファンの不満を反映したもの。

The Transformers: Spotlight
メインシリーズで大きく取り上げられていないキャラクターをフィーチャーするシリーズ。ここからメインストーリーに大きく絡んでくることもある。チャーの話のみニック・ロシェ(Nick Roche)が担当。他はファーマンによる脚本である。

レーザーウェーブ、ナイトビート、ホットロディマス、シックスショット、ウルトラマグナス、サウンドウェーブ、チャー、ガルバトロンらが取り上げられた。

2007年9月にはコンボイの話が出版予定。

The Transformers: Escalation
「Infiltration」の続編。スタッフは同じ。2006年11月~2007年4月までの全6号。

トランスフォーマーを捕らえようとする組織マシネーション(Machination)と、人類を巻き込んだ戦争を企むメガトロンを阻むコンボイを描く。

The Transformers: Megatron: Origin
2007年5~9月、全4号のスピンオフ作品。エリック・ホームズ(Eric Holmes)脚本、ドリームウェーブ版で担当したアレック・マイルズ(Alex Milne)作画。

セイバートロンでの内戦の始まり、デストロンの起源、メガトロンの台頭などを描く。

New Avengers/Transformers
2007年7月より全4号予定。マーベル・コミックとのクロスオーバー作品。スチュアート・ムーア(Stuart Moore)脚本、タイラー・カークマン(Tyler Kirkman)作画。マーベル社の様々なキャラクターが一つの事件に関わるクロスオーバー作品、「CivilWar」シリーズの序章となっている。

時期は「Infiltration」と「Escalation」の間に設定され、後者登場のトランスフォーマーキャラが参加。マーベルからはキャプテン・アメリカ、アイアンマン、ウルヴァリン、スパイダーマンらが登場。

The Transformers: Devastation
「Escalation」の続編。2007年9月より全6号。ファーマン、スーのコンビによる。

「Spotlight」のシックスショット編から繋がり、同ガルバトロン編とも関連する予定。

他シリーズ
Beast Wars: The Gathering
2006年2~5月。全4号。ファーマン脚本、フィゲロア作画。8月に合本が出版された。

アニメ版ビーストウォーズ、シーズン2(日本版『ビーストウォーズメタルス 超生命体トランスフォーマー』前半に相当)の後の世界を描く。玩具のみでアニメに登場しないキャラクターが登場する。

2007年8月より続編「The Ascending」がスタート予定。

The Transformers: Generations
2006年3月~2007年3月まで12号が出版された、マーベルコミック版の復刻版。カバーのみ新規に描き下し。

版権上の問題で、マーベル・コミックキャラクターの出演する話(3話でスパイダーマンが登場するなどしていた)や、ドリームウェーブ社版も現状は復刊は無理とのこと。

2007年4月からは、シリーズ名を外し、過去のイギリス版の人気シリーズ「Target:2006」を復刊中。

The Transformers: Evolutions
パラレルシリーズ。2006年6~9月、チャック・ディクソン(Chuck Dixon)脚本、グイード・グイディ(Guido Guidi)作画で全4号の「Hearts of Steel」が出版された。19世紀の蒸気機関に変形するトランスフォーマーたちの物語。

実写映画の公開を控えていたため現在シリーズは保留状態になっている。

Transformers: The Animated Movie
1986年のアニメ映画『トランスフォーマー ザ・ムービー』の公開20周年記念として製作された新規コミック版。2006年10月より全4号。

脚本はアメリカでマーベル版の前期を担当した脚本家ボブ・バディアンスキー(Bob Budiansky)。作画はフィゲロア。

アニメ未登場のキャラクターも登場する。
キャリ プラス 百目柿 コロッケ ピロー ビリア ブルース プレイパ ライブ 二輪草 タイム ミルク とまぴ こげちゃ だいせん おおば ダブル ネービ ヨハネ ほろば リル アイアール カレンシー がいせい ハイピッ にがうり トラップ フィス マロニ 紅い橋 プロイ みぎわ フォト モールド パンク メーク トリオ カバラ ライチー ハラム ギキョウ ナビリネン げきけい ブタノール スワン ナレッジ コクシ ディン トルコ マグレブ

実写版トランスフォーマー
Transformers:The Movie Prequel
2007年2~5月、全4号の映画序章。クリス・リャール(Chris Ryall)とファーマン脚本、フィゲロア作画。

Transformers:The Movie Adaptation
2007年6月より。映画本編のコミカライズ。

Transformers:The Reign of Starscream
映画本編のその後を描いた作品。

Transformers: Cybertron: Balancing Act
2007年6月に発売。2005年~2006年にHasbro Collector's Club Magazineに掲載分の合本。 フォレスト・リー(Forrest Lee)脚本、ダン・カーナ(Dan Khanna)作画。

The Transformers Magazine
2007年6月より、イギリスで出版。マーベルUK(マーベルコミックのイギリス子会社)の様式でマーベル版、ドリームウェーブ版、現行のIDW社版を再版する予定。カバーは新規の描き下しとなる。


2009年02月10日

不敬罪(ふけいざい)

不敬罪(ふけいざい)とは、国王や皇帝など君主や、王族や皇族など君主の一族に対し、その名誉や尊厳を害するなど、不敬とされた行為の実行により成立する犯罪。
恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ

不敬罪は、絶対君主制など、主権者たる君主と国家の存立を同一視する体制において定められることが多い。現在では、不敬罪は、国民の自由(特に思想・良心の自由、表現の自由)を過度に制約する恐れがあるため、君主制を採用している国でも廃止・失効しているケースが大半である。イスラム圏の諸国やタイ王国は、現在も不敬罪が存在する数少ない例である。

日本では、不敬罪は、1880年(明治13年)に公布された旧刑法(明治13年太政官布告第36号)において明文化された。この規定は、1907年(明治40年)に公布された現行刑法(明治40年法律第45号)に引き継がれた。もっとも、不敬罪(74条、76条)を含む刑法第2編第1章(「皇室ニ對スル罪」、73条から76条まで。)は、1947年(昭和22年)に削除されている。この刑法第2編第1章には、不敬罪のほか、天皇・皇族等に対して危害を加える行為(未遂を含む)を加重処罰する罪(73条、75条)も定められていた。危害罪も含めた「皇室ニ對スル罪」全体を不敬罪と呼ぶこともある。

不敬罪の客体は、次の5種に分けられる。

第一に天皇(74条1項)
第二に太皇太后、皇太后、皇后、皇太子、皇太孫など天皇に準ずる皇族(同条項)
第三に神宮(74条2項)
第四に皇陵(同条項)
第五に普通の皇族(76条)
不敬罪の実行行為は、これらの客体に対して「不敬ノ行為」(不敬行為)を行うことである。不敬罪の法定刑は、第一から第四の客体に対する罪は「3月以上5年以下の懲役」とされ、第五の普通の皇族に対する罪は「2月以上4年以下の懲役」とされた。

不敬罪の客体のうち「神宮」は、伊勢神宮を指すのが通例だが、熱田神宮、橿原神宮、香取神宮など「神宮」と名付く神社も含まれると解された。また、同じく「皇陵」は、かつて天皇に在位した歴代の天皇の墳墓と解された。なお、現在でも礼拝所不敬罪という罪名があるが、これは単に墳墓や礼拝所に対する保護のためのもので、皇室とは直接関係ない。

不敬罪の保護法益は、客体が体現(象徴)する国家の名誉と尊厳、および客体自身の名誉と解された。そのため、不敬罪は、一般人における名誉毀損罪や侮辱罪等、名誉に対する罪の一種とされた。しかし、「不敬ノ行為」(不敬行為)は、これら一般人における名誉に対する罪の実行行為よりも広い範囲の行為を含むとされた。また、名誉毀損罪等が親告罪とされるのに対して、不敬罪は非親告罪とされた。

不敬行為とは、客体に対する軽蔑の意を表示し、その尊厳を害する一切の行為を指すとされた。客体の行為の公私の別を問わず、即位の前後を問わず、事実の有無を問わず、事実の摘示の有無を問わず、一切の行為である。また、その行為は、第三者から認識し得ることを要するものの、公然・非公然の別を問わないため、日記の記述を不敬行為とした大日本帝国時代の判例もあり、適用範囲はきわめて広かった。積極的な行為でなくても、要求される敬意を払わないというようなことでも不敬行為とされた。

もっとも、歴代の天皇に対する不敬行為は、それが同時に現在の天皇に対する不敬行為にあたる場合を除き、不敬罪は適用されず、ただ死者に対する名誉毀損罪(230条2項)の適用の有無のみが問題とされた(注:死者に対する名誉毀損罪は、「虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ」(現代語化改正前の法文は「誣罔ニ出ツルニ非サレハ」)、処罰されない)。

現行法律下では告訴権者が「天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣」であるときに内閣総理大臣が代わって名誉毀損罪や侮辱罪の告訴を行うことができるのみで、適用される法律自体は一般国民に対するそれと変わらない。

法文
刑法
刑法第二編第一章は、1947年(昭和22年)に削除されている。

刑法(明治40年法律第45号)
第1章 皇室ニ對スル罪
第73条 
天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ處ス
第74条 
天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ處ス
神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ
第75条 
皇族ニ對シ危害ヲ加ヘタル者ハ死刑ニ處シ危害ヲ加ヘントシタル者ハ無期懲役ニ處ス
第76条 
皇族ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ二月以上四年以下ノ懲役ニ處ス

旧刑法
旧刑法にも同様の規定がある。罰金刑を定めていた点、及び、監視に関する規定を持つ点が異なる。

旧刑法(明治13年太政官布告第36号)
第1章 皇室ニ對スル罪
第116条
天皇三后皇太子ニ對シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ處ス
第117条
天皇三后皇太子ニ對シ不敬ノ所為アル者ハ三月以上五年以下ノ重禁錮ニ處シ二十圓以上二百圓以下ノ罰金ヲ附加ス
2項
皇陵ニ対シ不敬ノ所為アル者亦同シ
第118条
皇族ニ對シ危害ヲ加ヘタル者ハ死刑ニ處ス其危害ヲ加ヘントシタル者ハ無期徒刑ニ處ス
第119条
皇族ニ對シ不敬ノ所為アル者ハ二月以上四年以下ノ重禁錮ニ處シ十圓以上百圓以下ノ罰金ヲ附加ス
第120条
此章ニ記載シタル罪ヲ犯シ軽罪ノ刑ニ處スル者ハ六月以上二年以下ノ監視ニ付ス

大津事件
1891年(明治24年)5月、日本を訪問していたロシア帝国の皇太子ニコライ(後のニコライ2世)が、滋賀県大津市で警備の巡査・津田三蔵に突然斬りかかられて負傷する暗殺未遂事件が発生した。いわゆる大津事件である。その事件処理に際して、大国ロシアを恐れた政府は大審院に対し、皇室に対する罪を適用して処断するよう圧力をかけた。しかし、大審院は、「皇室に対する罪は、外国の皇太子に対する行為については適用されない」として、一般の殺人未遂事件として処理し、司法権の独立を保った。しかしながらこの司法権の独立を守る過程で、大審院が担当裁判官にそのように処理させたように、裁判官の独立が保たれていたわけではなかったことに注意するべきである。

このとき政府から適用するよう求められた罪は、不敬罪ではなく皇族に対する危害罪(旧刑法116条)である。

タイ王国の不敬罪
タイにおける不敬罪は刑法第112条によって定められている。

第112条 国王、王妃、王位継承者あるいは摂政に対して中傷する、侮辱するあるいは敵意をあらわにする者は何人も三年から十五年の禁固刑に処するものとする。[1]
この条項は1956年制定の当初は、「7年を超えない禁固刑」を規定していたが[2]、1978年のクーデター後、国家統治改革団命令41号によって現在の形に改変された[3]。

この条項に書かれている行為を行うことは一般に「ご威光を侮辱する (หมิ่นพระบรมเดชานุภาพ) 」と表現され、「ご威光を侮辱する罪(すなわち「不敬罪」、โทษฐานการหมิ่นพระบรมเดชานุภาพ)」とされる。また、外国の君主、妃、王配(皇配)あるいは元首を侮辱した場合も別の条項によって罰せられる[4]。

「ご威光を侮辱する」の範囲は明確ではなく、“敬意を表さないこと”をも含めるか否かで議論がある。2006年のクーデターの反対運動を行っていた政治活動家のチョーティサック・オーンスーン[5]は同様に映画館で王室歌が流れた際に起立しなかったため不敬罪で2007年に起訴されたが、その際に表敬しないことは有罪ではないという旨の主張を行い[6]、その友人らはチョーティサックの主張を受けて無罪を主張する署名活動を行っている[7]。

一方でマグサイサイ賞を受賞した弁護士のトーンバイ・トーンパオによれば、表敬するように要求があった場合に表敬しないことは罪であるとされており、過去には王室歌が流れたときに起立しなかったチュラーロンコーン大学の学生が2年間の禁固刑を受けていることを指摘している[8]。

アピシット・ウェーチャチーワ首相は「過去の事件で政治的に不敬罪が濫用されていた」と懸念を示している。

2009年01月24日

ロンド・ベル隊のMS部隊隊長


プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー
「シャアの反乱」に対処するべく再編されたロンド・ベル隊のMS部隊隊長、アムロ・レイ大尉の専用機として開発されたMSで、基礎設計はアムロ自身の手により行われた。製造は要請を受けたアナハイム・エレクトロニクス社が担当し、フォン・ブラウン工場において3ヶ月と言う短期間で完成にこぎつけた。本機開発プロジェクトはアナハイム社で独自に進められていたものだったが、開発中にロンド・ベルへの配備が決定した事を受け、アムロによる基礎設計の修正を経て完成したとも言われている。アナハイム製のMSの中では、当初より特定個人の専用機として開発された機体は本機のみである。

設計はそれまでのガンダムタイプ全てを参考に行われ、それらのデータ解析により得られた平均値を基にしつつ新技術を盛り込んでいる。また、アムロが長年培ってきたMSパイロットとしての経験も設計に生かされている。機体名はアナハイム・エレクトロニクス社製ガンダムの11番目の開発コード「ν」から名付けられた。開発担当者はオクトバー・サラン。

汎用性を重視しており、MSとしての性能はもちろん、運用面も重視した設計が行われている。戦闘が長期化した場合を考慮して信頼性と耐久性を重視し、サイコミュ関係の一部を除いてなるべく連邦軍の規格を採用し、調達が容易な素材や部品を用いるよう心掛けられている。部品流用が行われた背景には、短期間で完成させるために専用部品をなるべく減らさなければならなかった事情も含まれている。

アナハイム社が培ってきたMS技術も積極的に利用されており、機体に用いる部材はΖ系MSのものを使用。センサー類にはインコムやバイオセンサーの技術をスピンオフして用いている。さらに、整備や実戦データのフィードバックによる機体の強化が容易に行えるよう各部を可能な限りユニット化して搭載火器は頭部バルカンを除き徹底的に省略し、内部構造に余裕を持たせたつくりとなっている。これにより本機は宇宙世紀0093年における最強クラスの性能を誇るMSでありながら兵器としての高い信頼性も獲得し、非常にバランスの良い機体として完成した。

本機は機動歩兵というMSの原点に回帰した機体であると同時にニュータイプ専用機であり、ガンダムタイプの主力MSで初めてファンネルを装備した機体でもある。バックパックの左側に新規設計の専用サイコミュ兵器フィン・ファンネルを装備しており、ファンネルの装備や分離により機体の慣性重心が動きバランスがくずれてしまう事を考慮し、重心移動に対応した機体管制プログラムも新たに開発されている。

機体と比べて大型のスラスターは装備されていないが、個々の出力の強化や全身にサブスラスター、マイクロスラスターを装備する事により高い機動性を誇る。搭載武器の省略による軽量化などの要素もあり、操舵性重視の運動性の高い機体へと仕上がっている。「敵機に対しより素早い対応ができるよう、相手の脳波をサイコミュで強化し受信する」というアムロのアイデアにより、コクピットシート後方にサイコミュ受信パックを備えるほか、コクピットの周囲や駆動系にサイコフレームを使用してサイコミュの小型化・感応度の向上が図られ、機体の追従性能ならびに運動性能の向上にも大きな貢献を果たしている。そのため基礎設計により得られた機体の堅牢性を生かしてマニピュレーターや脚部を用いた近接戦闘も可能であり、実戦でも殴り合いの格闘戦の末、サザビーを行動不能にしている。

νガンダムに採用されたサイコフレームは、アムロと同等性能のMSに搭乗して決着をつけることを望んだシャアによってアナハイム・エレクトロニクス社へ意図的に横流しされたもので、当初νガンダムには装備されていなかった。このサイコフレーム採用によりνガンダムの機体重量は3kg減少している。アムロにはアナハイム社の材料開発部門が独自開発したものであると説明されたが、後にオクトバーの手紙によりネオ・ジオンより入ってきた技術であるという事がチェーン・アギに伝えられる。

武装解説
νガンダムに装備されている武装は、基本的に往年の名機ガンダムを踏襲し、当時の連邦軍のMSとしては標準的なものを備える。しかし、信頼性や攻撃力といった質は非常に高く、νガンダム専用に様々なメカニズムが組み込まれている。

頭部60mmバルカン砲
薬莢方式を採用しており、射撃と同時に空薬莢が頭部側面より排出される。基本的にミサイル、グレネードなどへの迎撃や牽制用に用いられるが、MSの頭部を吹き飛ばす程度の威力は備わっており、アムロの技量もあって対MS戦においても十分な効果を発揮する。
ビームライフル
専用の長砲身大型ビームライフル。サブグリップ、マウントパーツは備えていない。グリプス戦役以降MSのビーム・ライフルはエネルギー供給手段として外付け式供給システムであるEパック方式を採用しているが、本機のライフルは一年戦争時のような本体内蔵型のエネルギー供給システムを採用している。劇中ではかなりの長時間使用され続けながらも、サザビーによって破壊されるまでエネルギー不足になる事はなかった。最大出力なら当時の戦艦の主砲レベルの威力を持ち、劇中では敵パイロットが、戦場に割って入ったνガンダムのライフル射撃を艦戴のメガ粒子砲だと勘違いするシーンがある。劇中において連射する場面があるが、ビームライフル自体にその機能はなく、アムロの技術によるものであるという説と、ビームライフル自体が射撃モードの切り替え機能を持つという説がある。
フィン・ファンネル
左背面に6基装備されており、攻撃時にはコの字型に変形する。従来のファンネルとは異なるジェネレーター内蔵式のため大型化しているが、活動時間が長くなり、ビームの出力も高い。オールレンジ攻撃兵器としてだけでなく、ファンネルを頂点として対ビーム・バリアー(Iフィールドの発展技術)を張ることにより、防御シールドを展開する事が可能。劇中では、バリアー展開中にその内側から攻撃を行い、敵ファンネルを撃墜している描写が見られる。ただし機体自体が急造品であるため、一度射出したフィン・ファンネルは機体に戻すことが出来ない。劇中ではその形状から、敵パイロットに放熱板と誤認されている。
ニューハイパーバズーカ
地球連邦軍製MS用の武装としては一般的だが、νガンダムのものは有効射程距離の向上、より破壊効率の高い弾頭への変更などの改良が施されている。口径は280mm。背面バックパックにマウントした状態や、本体から切り離した状態でも、通信用ワイヤーを介した指令により射撃可能。アムロはこの機能を利用して変則的な攻撃を繰り出した。時系列ではより後の作品である『機動戦士Vガンダム』第34話でリガ・ミリティア所属の機体が使用している様子が確認できる。
シールド
裏面にビームキャノン1門とミサイル4発を装備。他の連邦軍MSのシールドより高度な武装化がされており、攻防一体型の多目的複合装備としての性格が強くなっている。これらの火器は牽制用に使われるが、ビームキャノンは独自に稼動用のジェネレーターを備えており、一年戦争時に使用されていたビームライフル程度の威力を持っている。宇宙世紀0093年においてもビームの直撃に耐えられる装甲は存在しないので、この武器でもMSを撃墜することは可能。裏面にグリップはなく、マウントパーツによって左腕に装着する。
シールド表面に描かれた一角獣をモチーフとしたマーキングはアムロのパーソナルマークであり、νガンダムの左肩にはα字状の同種のパーソナルマーク(一角獣のモチーフはない)が描かれている。
ビームサーベル
バックパック右側に装備されたメインのサーベル(カスタム・ビームサーベル)と、左腕シールドマウント基部に装備された予備のサーベルが存在する。メインのサーベルは比較的大型で、鍔を持った形状をしており、ビーム刃の形状も曲刀状となっている他、グリップエンドからも短い刃を発する。増幅装置やエミッターに仕様変更が加えられ、形状を変更することもできる。また、当時一般的だった斬りかかる際のみにビームが出る構造を採用しており、無駄なエネルギーの消費を抑えている。予備のサーベルは一般的なものだが、劇中での使用は確認されていない。
マニピュレーターにはグリプス戦役時のMSと同様にダミー発射機やトリモチ・ランチャーを装備している。劇中において武装を失ったνガンダムはギラ・ドーガからビーム・マシンガンを奪い使用しているが、使用の際に支障をきたす事は無かった。

劇中での活躍
νガンダムはアナハイム社の開発スタッフが総力を結集し、不眠不休の努力のもと3ヶ月で急造された機体ではあったが、それでも「シャアの反乱」における戦況の変化に対応する事はできず、納期を10日も繰り上げられるといった描写があり、サイコ・フレームへの換装作業は発注元であるロンド・ベルへの事前連絡がなされないまま行われた。

物語の冒頭、5thルナをめぐる攻防戦が行われていた時点では、まだ機体の組み立てすら完了しておらず、アムロが自ら月に赴いた時には実戦配備が可能となるまでには3日かかると言われている。しかし、サイコミュのテスト中にロンド・ベルから部隊への帰還命令が下されたため、アムロはスタッフの猛反対を押し切り調整も終えていない軽装の本機で出撃、そのままシャアのロンデニオン潜入の陽動として展開したネオ・ジオン軍部隊との戦闘へ突入した。後にファンネルや他の武装も届けられ、ラー・カイラム内で戦闘の合間をぬって調整は続けられた。当初ファンネルはアムロの意志に過敏な反応をみせたり、動きが非常に悪く、たやすく敵に撃墜されたりと稼動に問題があったが、整備班の努力により改善されている。

地球寒冷化作戦阻止のためロンド・ベルがアクシズへの核攻撃を遂行した際には第二波として出撃。ネオ・ジオンのMS部隊を一蹴するものの、核ミサイルが全て撃墜されたため作戦自体は失敗している。さらに、シャア打倒のためにνガンダムを手に入れようと目論むギュネイ・ガスによりケーラ・スゥが人質にとられ、機体にワイヤーをかけられたアムロは要求どおりにガンダムを明け渡そうとするものの、逆上したギュネイがアムロの殺害を命じたためワイヤーより電撃を受け、アムロの苦痛にファンネルが反応して攻撃をおこない窮地を脱する。この攻撃によりギュネイは撤退するものの、ケーラは死亡。部下を失った悲しみの中、アムロも帰艦する。

アクシズ破壊のため三段構えの作戦をたてたロンド・ベルは再度攻撃を開始。クェス・パラヤの意志を感じたアムロは彼女の搭乗するα・アジールと、その護衛として随伴していたギュネイのヤクト・ドーガらと交戦。2機の高性能機とギラ・ドーガ部隊を相手に互角以上に戦い、危機に陥るもののファンネルにより展開されたバリアーで難を逃れている。最終的にはヤクト・ドーガを撃墜しクェスも追い詰めるが、アクシズの破壊を優先し止めを刺さず終わった。

ガンダムはアクシズに取り付くが、ここでアムロと決着をつけるため待っていたシャアのサザビーと最後の戦いをおこなうことになる。二人の実力は伯仲しており、互いに武器を失い次第に両者とも機体のダメージが蓄積していったが、最終的にはサザビーを撃破する事に成功し、機体より放出されたシャアの脱出ポッドを捕獲する。ロンド・ベルの工作によりアクシズは内部より爆破され2つに割れたが、作戦ミスによりそのうちの後方の1つが地球への落下コースをたどり始め、アムロは破片の落下を阻止するべく機体をアクシズに取り付かせた。その後、サイコフレームの共振効果で発生した力によってアクシズは地球から離れていくが、その後この機体とアムロがどうなったのかは劇中では描写されていない。

ネオ・ジオン側のエースパイロットを複数撃破し、重力に引かれて落下する巨大なアクシズを押し戻したという驚異的な戦果から、「シャアの反乱」終結後15年の月日を経ても「連邦軍最強のMS」として知られていた。

講談社の『ガンダムマガジン名作集』に収録されている岩村俊哉の漫画『νガンダム秘話 ネオ・ジオンの亡霊』では、宇宙世紀0094年頃、地球に潜伏するネオ・ジオン残党掃討部隊の中に当機が確認されている。当機は左肩に搭乗者であるマサダ中尉のイニシャルを象った「M」のエンブレムが施されていた。ネオ・ジオン残党のNT少女が操作するヤクト・ドーガと交戦し、相討ちとなっている。

メカニカルデザイン
本機はΖガンダムやΖΖガンダムと同様にコンペ形式で多数のデザイナーが参加、その中でヴィシャルデザインの鈴木雅久らが中心となり、富野が提示した「マントを羽織ったガンダム」というコンセプトの元、数多くのラフデザインを提出。最終的に出渕裕によってまとめられている。その際、出渕は「自分の理想を追求した」と述べている。

メカデザインの面でもターニングポイントとなり、その後の作品の主役メカデザインに大きな影響を与えた。カトキハジメは『ガンダム・センチネル』で自身がΖガンダムからΖΖガンダムの流れを踏まえ、主人公機Sガンダムには複雑なデザインを考えていたため、それと対照的なνガンダムを見た時は衝撃を受けたと回想している。

機体色は従来のガンダムシリーズで採られていたトリコロールカラーから一転、白と黒(ミッドナイトブルー)を基調としたものになっている。歴代ガンダム型MSでフェイスカバー部にある「へ」の字状のスリットが3本入っているのは、νガンダムと、後述のHi-νガンダムのみであるが、劇場映画『機動戦士ガンダムIIIめぐりあい宇宙』のポスター用に大河原邦男が描きおろした画稿の一つには、大河原のミスにより「へ」の字スリットが3本付いたRX-78-2ガンダムがある。

名前の由来
もともと、νガンダムの初期名として「Hi-Sガンダム」と言う名前が予定されていた。これは「シャアを超える」という意味であったが、シャアの頭文字はCである(ローマ字読みではSであるが、フランス語読みではCである)と指摘されたため、この案は立ち消えとなった。NEWガンダムという仮称で呼ばれていたのがちょうどギリシア文字のνとうまく合致したため、そのままもじってνガンダムと名付けられた。

Hi-Sガンダムの名前は、後にSをνに変え「Hi-νガンダム」とHiを取って「Sガンダム」の名前となった。

バリエーション
Hi-νガンダム
量産型νガンダム
νガンダム ダブルファンネル装備型
νガンダムHWS
その他
μガンダム
FA-93S フルアーマーνガンダム
PX-00531

Hi-νガンダム
Hi-νガンダム(ハイ・ニューガンダム、Hi-ν GUNDAM)は、『CCA-MSV』に登場するMSである(型式番号:RX-93-ν2)。

小説『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン』の口絵で出渕裕によって描かれた「小説版νガンダム」を基に、1990年のホビージャパンの企画で出渕が再デザインを行い、立体化したものが現在のHi-νの基礎となっている。このデザインを基に、90年代後半になって「νガンダムの強化発展型」という設定で数々のTVゲームに登場した。機体カラーは白と淡い青(もしくは紫)を基調としている。

2009年01月17日

十六翼将

アルスラーンの主な臣下たちを「解放王アルスラーンの十六翼将」と呼ぶ。これはパルスの軍事制度に正式に存在した役職ではなく、アルスラーンと共に王都を奪還し、その後も彼の治める王朝を支えて活躍したとされる伝説的な英雄たちに対する、作品世界における後世の人々からの称賛を込めた呼び名である。吟遊詩人がアルスラーンの事跡を物語る時、聴衆に向かって「十六翼将の名を知るや?」と問い、聴衆は指折り数えてこれに応じるという。

ダリューン

プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

[第1部]
パルス国の万騎長(マルズバーン・1万の騎兵を指揮する将)の1人。初登場時27歳。大将軍(エーラーン)ヴァフリーズの甥。黒い甲冑と真紅の裏地の黒マントを身に纏い、愛馬・黒影号(シャブラング)を駆る黒衣の騎士として大陸公路有数の戦士として名を馳せている。また、過去に大陸公路最強と謳われたトゥラーンの王弟を馬上から切り伏せたこともあり、本作品開始後においてはヒルメスと並ぶ最強の武人である。「戦士の中の戦士」(マルダーンフ・マルダーン)や「猛虎将軍」(ショラ・セーナニー/シンドゥラでの呼び名)など数々の異名を持つ。12人の万騎長の中では最も若年であった。伯父の遺言と第一次アトロパテネの戦いの敗北を受けて、アルスラーンを連れ、親友ナルサスを頼る。アルスラーンには絶対の忠誠を誓っており、アルスラーンが王者らしく成長していることを喜ぶ。謹厳実直・質実剛健の人だが、ナルサス、および彼の画業に絡むと微妙に口の悪さが滲み出る。2人の会話はほとんど漫才(バハーネ)であり、とても大陸公路に冠絶する勇将と智将の会話とは思えないほどである。
[第2部]
パルス国の万騎長。31歳。先のルシタニア戦やシンドゥラでの戦い、対トゥラーン戦、対ミスル戦においてパルス軍随一の武勲を上げ、大陸公路最強の戦士としてその名を轟かせている。その技量はますます磨き上げられ、かつて互角とされたヒルメスをも凌駕している。ルシタニア侵攻時の戦功第一と呼ばれたが、前線での戦いを望んで大将軍の地位をキシュワードに譲った。クバードと共に「大将軍格」(エル・エーラーン)と呼ばれる。
ナルサス

[第1部]
パルス国のダルバンド内海沿岸に広がるダイラム地方の旧領主。初登場時26歳。アルスラーン軍の軍師にしてアルスラーンの政治・軍事の師匠。政戦両略に長けており、かつてチュルク・トゥラーン・シンドゥラの3国による連合軍が攻めて来た際、流言を巧みにばら撒いて連合軍内に内紛を引き起こして見事撃退した。その功により、アンドラゴラス3世によって宮廷書記官(ディビール)として抜擢される。しかし、度重なる諫言をアンドラゴラス三世に忌避され、さらには役人の不正を暴いたことから命を狙われたため、宮廷書記官の座と領地を返上してバシュル山に隠棲していた。アトロパテネの戦いに敗れて落ち延びたアルスラーンとダリューンを匿った際にアルスラーンの「説得」を受けて再び世に出る。シンドゥラ語を始めとする各国語を解し、政務・軍略双方に深く通じ、シンドゥラ・トゥラーン・ルシタニア各軍を翻弄する。シンドゥラ王位継承戦役の後は、中書令(サトライプ)に一時的に就任するが、その地位をルーシャンに譲り軍師の役職である軍機卿(フォッサート)の地位につく。文弱の貴公子と思われがちだが、剣の腕前も達人級である。アルスラーンにパルス国の旧体制や奴隷制の誤りを説き、後のアルスラーン政権の礎を作る。優しげな容姿に似合わない毒舌家でもある。趣味の画才は知勇とは遠くかけ離れたもので、親友のダリューンにことあるごとにけなされている。陣営に加わる際にアルスラーンより「宮廷画家」の地位を与えると言われており、エクバターナ奪還後にはキシュワードやクバードからも論功行賞の行方を不安視された。
[第2部]
パルス国の「副宰相(フラマート)であり宮廷画家」とされるが、本人曰く「宮廷画家であり副宰相」。30歳。東のチュルク・西のミスルの侵攻を防ぐなど、新生パルス政権でも政戦両略で活躍する。神算鬼謀と称されるに足る人物であるが、事実と真実を正確に捉え、正しい方向を指し示す明哲さにこそ本領が発揮されると言える。パルス内で「パルスの宮廷画家」といえば泣く子も笑うと言われ、「好きこそものの上手なれ」という教育文化をたった1人で破壊した人物としても知られている。孔雀羽根のくすぐり拷問を発明し、チュルクの王族を、犠牲者いわく「きたない拷問」にかけたことがある。ルーシャンがナルサスへと宰相の座を渡そうとしているが、彼自身は宮廷画家の地位に執着している為、一向に承諾しようとしない。